夢の世界線の中心でくずおれた物語 ~ハルカメラ廃墟~ camerahal.exblog.jp

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by クレハル

写真の5S


5Sというと一般的に整理、整頓、清潔、清掃、躾だが、
それみたいに写真にも5Sみたいなのがあるかなと考えた。

結果。

Sensor

Speed

Scale

Skill

Stir

の5Sが思いついた。

最初にSensorまたはセンスでもよいが感性である。
面白い被写体に気づく能力、そしてそれを自分なりの感じにする感覚。
※知識によっては獲得しにくい。感覚だよりである。

次にSpeed。いかにその瞬間を逃さないか、契機に乗れるか、肉体的または心理的な速度。
※心理的な覚悟と肉体的な能力の両面を要する。

次にScale。どのような構図でとらえるか、焦点距離の中に収めるか、世界観を表現できるか。
※些か機材、レンズなど物質的なものに依存する。

次にSkill。カメラを総合的に使いこなせているか、対象に合致した能力。
※経験、学習によって培うことはできる。

最後にStir。これはよくわからないが、かき混ぜるみたいな意味。色々と考えすぎて技巧に陥らず、
今まで獲得してきた感覚、技術の両面を、情熱によってかき混ぜて、自然体でいられるか。
※無意識的な部分も含まれる。

以上、テストにはでないので覚えなくてもいいです。

MOTOS


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by greenhal2015 | 2015-08-17 21:22 | 雑記

かの有名な(?)Heuristically programmed ALgorithmic Photograph分析によると

「あなたは情熱に溺れがちな写真家タイプです」

カメラの心理的乃至は技術的要因から分析すると、あなたは構図を意識しすぎて月並みな写真になることをおそれる反面、
敢えて構図を意識しないようにすることで、自然主義的な写真を撮ろうとすることにすら恣意的な要因を排除できないことに悩む嫌いがあるようです。
思えば思うほどに疑ってしまうのは仕方ありません。時として何も考えないことを考えてしまうのでしょう。考えすぎには気をつけましょう。

構図にはじまり、露出、被写界深度、シャッタースピード、ピントの具合のみによって写真という作品が構成されていることを信じたくないようです。
もちろんカメラの性能、レンズの選択などにより、結果は左右されることは心得ているようで、その辺の追求には抜かりがありません。
ただある程度の機材を揃えてしまったあとは、それをあくまで道具のひとつとして使う職人気質な傾向もあるようです。

外的要因に起因する、被写体や場所の善し悪しにより撮られた写真が左右されることを潔しとはしませんが、何もないところに何かをみつけながらも、
よりよい目的を定めてそれを訴求することも忘れてはいないようです。
ただあまりにも多岐に渡りすぎると途端、飽きやすい傾向も垣間見えますので注意してください。

季節や時間帯、天候により左右される不確定要素はあなたを多分に悩ませるでしょう。
なぜならいつでも奇跡を起こせると信じている反面、同時にこの現実に絶望もしている気質が影響しているようです。
しかしそれは写真の意味とは、内的な心象風景とは乖離している部分にあると本能的に感じとっているという証拠でしょう。

それでも尚、一番重要なものは情熱と信じて疑わないのは、情熱と感性の拮抗的な同時性、畢竟、エンタングルメントされうる事象が
この世界の蓋然性の中で、導かれる公式として、あなたの脳内よりは、どちらかというと心の方に刻まれているからなのです。
理性と感性のバランス感覚は良好なようです。それをうまく光と影のバランスとして、これからもよりよい写真を求めてください。


。。と、なんだかよくわからないけど、フォローされながらも褒められているようではある。

smart terminal


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by greenhal2015 | 2015-08-11 23:27 | 雑記

光について


高校時代にとある授業で先生にこう質問された。

「まず最初に目を開けて、目に入ってくるものはなんですか?」

と。

そんな哲学的だか、科学的だかな質問は大好物な筈だったのに、ぼくはひとり席から立ったまま、しばらく沈黙してしまったのだ。

(どうしよう、なんて答えたらいいんだろう)正直わからなかった。

隣席の男子が、しきりに小声で「まつげ、まつげ」と囁いてくるのが聞こえた。

いっそのこと「まつげ」と答えてしまえばラクになれるのかも知れない。

でもそんなことはぼくのプライドが許さなかった。そして必死に考えて絞り出した答えが、

「光」

だった。先生がぼくのその答えを聞いて、

「そうだね」

と言ってくれたときの安堵感は今でも忘れない。あとで唯一の友人であったUに、

「なんであんな簡単な質問に悩んでたの?」

と問われた。なぜか色々と悩んでしまったのだ。以下、当時のぼくの悩み。※読み飛ばし可。

目を開けてまず。。まず見えるのは「色」なのではないか。色が見えて「形」が見えてくるのではないか。いやその逆に「形」が見えて「色」が判るのではないか。いやいや寧ろその全ては「光」によって形成されているわけだから、無難に「光」だろうか。しかし待てよ「形」というものは「光」に依存していない部分もあるのではなかろうか。光の二重性、すなわち波と粒子の性質を同時に備えているかを理解しているかを試されているのかもしれない。もっというならば量子力学的なアプローチまでを期待されているのだろうか。しかしながらそもそも医学的に目という感覚器官が「光」を受容する構造になっているのだから、「光」以外あり得ないのだろう。いや矢張りそれでは簡単すぎる、この教師は何かしらの哲学的な問答をしたくて、ぼくにそのようなことを問うているのかも知れない。となればやはり「まつげ」だろうか。いやいやそれでは単なる禅問答になってしまう。うーん、迷った。まず光あれ、とかなんとかいうフレーズもあったから、やはり光だろうか。些か宗教的ではあるが。それならば闇は見えていないことになってしまうではないか。まてよ闇も光の一部とかいう二元論に反する思想を持っていないか試されているのかも知れない。光の前に闇があったと考えれば、まず見えてくるのは「闇」だ。ゆっくりと目を開けて「闇、だな。。」とかつぶやいたらそれこそ中二病患者かと思われてしまう。さりとておちゃらけて「まつげで~す!」とか答えたらそれこそこの隣席の男子の思うつぼだ。どうしよう、わからない。ぼくの目が見えているこの光景は、一体なんなのだろう。

と、まあそんなことを考えていた、高校生だったわけですが、今でも写真を撮っていて、たまに思い出して考えることがあります。そして今の状況に置き換えて、こう自問自答する。

(カメラを構えてファインダーを覗いて、まず見えるものは何ですか?)

と。

そしてあれから二十年以上経って、ぼくの至った答えは。



「まつげ」



。。ではないと信じたい。

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by greenhal2015 | 2015-07-20 20:24 | 雑記

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去る2015年5月17日にデザフェスへ行ってきました。


諸事情により、残念ながら参加することはできなかったのですが、


写真のブースも結構あって盛り上がっていた気がします。


写真ブースにおいても、当然ながらポストカードや、大判サイズに印刷して、価格をつけて売るという行為が発生します。


そこでややもすると、売れる?売れない?な極限状態になってくるわけですが、


ある程度、観察していると「売れる写真」とはどういったものなのかが解ってくる気がして、


なかなか勉強になりました。


猫の写真は売れるけど、犬の写真は売れないとか!


あとは何か一貫したモチーフのある写真は売れるとか、


ただ「どうしようもない馬の写真」などをモチーフとした写真ブースが売れていたかは定かではありません。


決して「どうしようもない写真」ではなく「どうしようもない馬の写真」というところがポイントです。


中でも透明なフィルムに印刷した写真ブースはかなり盛況に見えました。


しかしながら多分にハレな場ですので、自分のような性格の人間にはあまり似つかわしくない様に思えますが、


色々と刺激をもらう場としては好い気がしました。


http://kunkophoto.web.fc2.com/


noddy



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by greenhal2015 | 2015-07-10 23:17